全5回のシリーズでお送りしている「ビル経営における5つの間違い」ですが、前回は「”貸してやる”という発想」について解説しました。オフィスビル経営はサービス業であることを再認識したうえで、お客様であるテナントに「快適なビジネスの場」という価値を提供することで賃料という報酬をいただくことができます。”貸してやる”という姿勢ではサービス業として選ばれない、考えてみれば当然の話ですね。それでは、今日は2つ目の間違いについて考えてみましょう。

間違い②:何がなんでもコスト削減

2つ目の間違いは、何がなんでもコスト削減を優先することです。オフィスビルで空室が増えたり、入居中のテナントとの賃料改定交渉で値下げになったりすれば、売上は減ります。当然、利益も減るでしょう。そして「コスト削減」を考えるのは経営者として自然な発想です。

オフィスビル経営のコストには大きく分けて2種類あります。1つはビルオーナーが自分では変えられないものです。たとえば、土地や建物を所有することで発生する固定資産税。これは所有する土地や建物によって決まっています。このコストから逃れることはできません。税務署の方々がどこまでも追いかけてきますから、支払う以外にありません。脱税はいけません。

一方で、ビルオーナーがある程度は自由に変えられるコストもあります。たとえば、設備点検、清掃、警備などビルメンテナンスに関わる業務委託費。建物や設備の修繕・改修、機器交換などの修繕費。これらはビルオーナーが発注する立場であり、ビルメンテナンス会社やプロパティマネジメント会社に任せているにしても決裁するのはビルオーナーです。そのためコスト削減に手を付けやすい部分でもあります。しかし「手を付けやすいこと」と「削減してよいこと」は全く別問題です

一律10%のコスト削減を強行した結果

もし、これらの業務委託費用をオーナーが「一律10%削減!」と言って引き下げたらどうなるでしょうか?目先の利益を増やすためにコスト削減を強行すれば、必ずどこかにその歪みが出ます。たとえば、弊社のように消防設備点検、防火設備検査などを手掛ける会社では、業務委託費用の多くは人件費が占めています。3人で10時間かかる設備点検を9時間でやれば、コスト10%削減はできるかもしれません。

しかし、コスト削減のために1時間短縮すれば点検の質が犠牲になります(当然です)。通常なら10時間の作業を9時間でやるなら、どこか手を抜くしかありません。あるいは作業そのものが雑になるかです。弊社では点検品質を優先し、それを踏まえた価格をお客様にご納得いただけるように営業努力をしておりますが…悲しいかな「メンテナンス」の仕事はお客様にとって結果が見えづらいので、こうした作業品質の低下は様々なところで起こっているでしょう。その原因は無理なコスト削減、つまりは”買い叩き”によるものです。

“安かろう悪かろう”の会社にご注意を

値引き要求をすることで、オーナー側は得した気分になるかもしれませんが…それは結果として、人の命や建物の安心・安全が損なわれるリスクを負っていることになります。オーナーが気付いていないだけで。あるいは、そもそも点検をしておらず「点検済証」のシールだけを貼って虚偽の完了報告をしている悪質な業者も実際にいます(業界では「シール貼り業者」と呼ばれています)。金額の安過ぎる会社には十分に注意してください(参考:実際にこんなケースもあります)。

また、ビルの清掃回数を減らせばエントランスや廊下が汚れている時間は長くなります。テナントにとっては、ビジネス空間としての快適さは下がります。あるいは、エレベーター内側の壁が汚れたり傷ついていても「機能的に問題ない」といって修繕をしなければどうでしょう?確かに、その分の支出はなくなりますが、見た目は悪いままです。お客様であるテナント、そしてテナントを訪れる取引先はどう感じるでしょうか?

先のような業務委託費は、オフィスビルが提供する「快適なビジネス空間」という価値に必要なものです。にもかかわらず、考えもなしに「一律10%削減!」などと委託費・修繕費を削ればどうなるでしょう?お客様であるテナントにとっての価値を下げるコスト削減は、テナントの不満を招きます。それは賃料交渉で間違いなく不利に働きます。もちろん空室の増加にも繋がるでしょう。

一律のコスト削減=経営を考えていない

一律のコスト削減を何が何でもやること。これはオフィスビルの”経営者”として賢明な判断ではありません。目先の利益にとらわれた”残念な投資家”の発想です。ビル運営の実態を把握し、コスト削減によってどのような影響が出るかを踏まえて判断すること。無策なコスト削減を効率化と勘違いしてはいけません。これはオフィスビル経営に限らず、どんなビジネスでも同じですよね。

冒頭の話に戻すと、オフィスビル経営はお客様であるテナントに「快適なビジネスの場」という価値を提供することで賃料という報酬をいただくことができます。その価値を下げるコスト削減は当然、お客様の不満・退去につながります。目先の利益を優先してコスト削減をする前に、ビルの運営実態・お客様の状況を把握したうえで、本当に無駄なコストだけを削ることが大切ではないでしょうか。

―寿防災工業 安永周平―

追伸:
次回は、オフィスビル経営の効率化に潜む罠について解説予定です。