さて、前回のコラムで「ビル経営において最も大切なのはテナントにとっての価値である」という話をしました。テナントとして入居しているお客様にとって価値を提供できていなければ、その対価として賃料をいただく理由がありません。繰り返しますが、貸しビル業=サービス業です。そして、ことオフィスビル経営においては、お客様であるテナントの人たちに快適なビジネス空間を提供する対価として賃料をいただいているはずです。

にもかかわらず、貸しビルはこれまで、株式などの投資、先祖代々受け継がれている土地の活用、あるいは相続における節税対策などの目的で語られてきました。そう、話の中に”お客様がいない”のです。こうしたお客様を無視した考えで貸しビル業をしていれば、オフィスビル経営における間違いを犯してしまうでしょう。そこで今回から、これらビル経営におけるよくある間違いを5回に分けてお届けしていきます。

間違い①:”貸してやる”という発想

かつて日本にも、人口がどんどん増えて経済が成長し続け、オフィスビルや住宅が常に不足していた時代がありました。特に1980年代の終わりから1990年代初期のバブル期は「オフィスの入居希望者をお断りすることが不動産会社の営業マンの仕事だ」なんてことを言われていたそうです。今からすれば嘘みたいな話ですが、このような時代もあったんですね。そんな状況であれば「ビルを建てればビルが勝手に稼いでくれる」という感覚になるのも確かに頷けます。

しかし、ご存知の通りバブルは崩壊し、空室率は上がり、賃料は低下しました。需要と供給の関係、市況のサイクルです。そして、市況の波は今後もあります。何が言いたいのかというと、先のように「何もしなくてもビルは満室で賃上げもできる」なんて時代はとっくに過去のものになっているということです。にもかかわらず、残念ながら今でも”貸してやる”といった姿勢のビルオーナーもいます。そんな風に思っていなくても、お客様であるテナントがそう感じてしまえば同じことです。

たとえば、テナントから「空調の効きが悪いから見てほしい」という要望があったとしましょう。この時、手間が増える、お金がかかる…など自分の都合を優先して真摯に対応しなかったらどうなるでしょうか?テナント側の不満、不安、リスクを解消するのを後回しにしていたらどうなるでしょうか?これは”サービス業”の視点から考えればありえないことです。お客様に快適なビジネス空間という「価値」を提供するという発想がありません。これでは、他によいビルがあったら移転したいと思うのが自然でしょう。

管理会社に委託すれば大丈夫?

あるいは、ビルのマネジメントやメンテナンスを外部の管理会社に委託しているケースを考えてみましょう。ビルオーナーが目先の利益を追う投資家で、ビル管理の委託契約に収益連動の部分があるとどうなるでしょうか?もし管理会社の担当が、自社の収益目標を達成したいからという理由で、コストがかかる設備の修繕を翌年以降にする提案をしたら? それを投資家であるビルオーナーが了承したら? お客様であるテナントの要望より自分たちの都合を優先してしまうことになってしまいます。

オーナーが管理を委託している会社の社員は、テナントにとって貸主であるビルオーナーと同じ立場です。もし、その会社に「お客様への価値提供」という発想がなければ…ビルへの不満は高まる一方です。その責任は、ビル経営者が負わなければいけません。テナントとして人が介在するビジネスなのに、投資した金額の回収ばかりを優先していれば…賃料改定の話がこじれたり、遅かれ早かれ退去の原因になったりするでしょう。

テナントに喜んでもらった結果として儲かる

お客様であるテナントは、ビジネスの場としてオフィスビルを使っています。テナントに快適なビジネスの場を提供し、テナントの社員の生産性が上がれば、テナントの「賃料負担力」が高まります。そして、オーナーの立場からすれば、オフィスビル経営において最も重要なのは売上である賃料収入を増やし、それを維持することでしょう。もちろん、賃料の値上げは難しいことですが、それでもお客様であるテナントの利益に貢献できれば、賃上げ交渉が上手くいく可能性は上がります。

賃料はお客様であるテナントに「快適なビジネスの場」という価値を提供した結果です。当たり前ですが忘れがちなこと…ビルオーナーはもちろん、管理を委託する会社の担当者にもその意識が浸透することではじめて、Win-Winの関係が生まれ長期的なビル経営が可能になるのではないでしょうか。

―寿防災工業 安永周平―

追伸:
次回は2つ目の間違いとして「コスト削減を優先すると何が起こるか?」についてお届けします。