前回に引き続き、オフィスビル経営に関するコラムをお届けいたします。前回は「貸ビル業=サービス業」であり、ビル経営は単なる不動産投資ではなく”事業を経営する”という気持ちで取組むことが大切だという話をお届けしました。

当たり前の話ですが、事業はお客様の支持があってはじめて長期的に継続することができます。かの有名なピーター・ドラッカーも「事業にとって最も重要なのは顧客にとっての価値である」という名言を残しています。貸ビル業においては、オフィスビルの現場で快適なビジネスの場を提供すること。それがテナントであるお客様にとっての価値であるはずです。ただし…

ビル経営における「部分最適」と「全体最適」

これは、言うほど簡単ではないと思います。というのも、ビル経営は他の事業以上に様々な専門性が必要とされるからです。建築はもちろん、設備、防災、警備、エレベーター、清掃などのビルメンテナンス。リーシング、賃貸借契約などのプロパティマネジメント。投資分析、税金、相続などのアセットマネジメント…

これらビル経営に必要なことそれぞれについて専門家がいます。何か問題が生じた時は、専門家に意見を聞いて対処するでしょう。専門家はもちろん”自分の専門領域について”はベストな意思決定をしてくれるはずです。ただ、それはあくまで「部分最適」であって、ビル経営全体の視点から考えて「全体最適」であるとは限りません。

協力会社の提案は本当にベストなのか?

たとえば、消防法に基づく消防設備点検の仕事を協力会社に委託している場合、点検して不良箇所があれば改修工事・機器交換を提案してくれるでしょう(注:点検のみで自社で改修できない会社もあります)。しかし、その提案がビル経営の視点を踏まえているとは限りません。もしかすると、その設備は製造年数から考えて更新時期の目安をとっくに過ぎているかもしれません。実際、こんな事例もありました。

もしそうだとしたら、悪くなった機器(感知器など)を交換しても、いずれ別の箇所で似たような不具合が起こる可能性は高いです。その度に改修工事をしていれば工事回数は増えてコストも時間もかかります。設備全体が老朽化しているのなら、ほとんどの場合は設備を全面リニューアルしてしまった方が経営的にもメリットが多いです。また設備が錆びていると見栄えも悪いですし、リニューアルしてキレイになればテナントも来客される方も気持ちがいいでしょう。「事業にとって最も重要なのは顧客にとっての価値である」なら、テナントに喜んでもらうことはとても大切なはずです。

「儲かればいい」が軸のオフィスビル経営はどうなる?

こうしたことは専門家の意見も必要ですが、最後はビル経営者が判断する必要があります。事業において仕事の一部を外部に委託するのは普通のことですが、できるだけビル経営者に近い視点で物事を考えられる協力会社を選ぶのが望ましいです。そして、事業の核心部分は経営者が判断しなければいけません。そのためには、オフィスビル経営に対する「軸」が必要です。たとえ投資家としてオフィスビルに投資する場合でも、ビルが適切に運営されているかどうかを判断する軸や基準がなければ上手くいかないはずです。

ここで「ただ儲かればいい」というのは軸と言えるでしょうか? たとえば、目先の利益のためにコスト削減を最重要の軸にしてオフィスビルを経営したら、テナントにとっての価値が下がるとしたら…長期的に利益を生み続けるビルになるでしょうか?”単なる投資対象として数字を追いかけるビル”と”テナントから気持ちよく賃料を払ってもらえるビル”とでは、長い目で見てどちらが多く稼げるでしょうか?どちらが高く売れるでしょうか?

最も大切なのはテナントにとっての価値である

貸ビル業という事業を経営する気持ちで、テナントであるお客様に価値を提供する気持ちが、結果として利益を生み続けることになるように思います。もし”お客様”という言葉に違和感を抱くのであれば、それは事業として危険信号ではないでしょうか。”貸してやっている”という姿勢は不思議と相手に伝わりますし、いい会社・支払い能力の高い会社ほどそうした人を避けるものです。新型コロナウイルスの影響もあり、オフィスの解約も増えています。オフィスの空室率があがれば、そうしたビルが選ばれる可能性は低くなるでしょう。無闇にコストを削減するのではなく、お客様に提供する価値を上げる…そうした姿勢が不況でも選ばれるオフィスビルになるように思います。

―寿防災工業 安永周平―

追伸:
次回からは、オフィスビル経営5つの間違いについてお届けいたします。